内田梨瑚の母親はどんな人物なのか?裁判で語った内容も解説【2026年最新】

内田梨瑚の母親はどんな人物なのか?裁判で語った内容も解説【2026年最新】
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「大切なAさんに、怖い思いや、痛い思いや、苦しい思いをさせて、将来と夢を奪ってしまったことに本当に申し訳なく思っています」

2026年6月3日、旭川地裁の証言台に立った内田梨瑚被告の母親が、被害者の村山月さんと遺族に向けてこう述べました。

被告の家族が証言するということは、裁判において「娘がどんな人間だったのか」「どう反省しているのか」を伝えるための、非常に重みのある場面です。

娘の弁護に立ちながら、被害者への謝罪も語った母親。その証言には、「加害者の母親」という立場のつらさと、揺れる感情が滲み出ていました。

この記事では、報道で確認できる範囲で、内田梨瑚被告の母親の人物像6月3〜4日の公判で語った内容を整理していきます。

※本記事は、報道機関が確認した法廷証言と公式な発表のみをもとに作成しています(2026年6月4日時点)。憶測・未確認情報は扱いません。

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目次

内田梨瑚の母親はどんな人物?わかる範囲の人物像

報道から分かる人物像を整理すると、次のようになります。

● 内田梨瑚被告と同じ会社で「美容スタッフ」として働いていた

● 父親は建設関係の仕事に就いており、共働きで子育てをしてきた家庭

● 逮捕後はほぼ毎日、拘置所に面会に通い続けていた

● 内田梨瑚被告の裁判の公判はすべて傍聴していた

● 6月3日、弁護側の証人として証言台に立った

「娘が起こした事件」を受け、逮捕直後から拘置所通いを続けてきた母親の姿からは、どれだけつらい立場であっても娘と向き合い続けてきた姿勢がうかがえます。

幼いころの「梨瑚(被告)」を語った言葉

証言台に立った母親がまず語ったのは、幼少期から学生時代の内田梨瑚被告の姿でした。

「おじいちゃんおばあちゃんが大好きで、中学も明るくて、活発で、いつもニコニコ、元気だった」

この証言を聞きながら、内田梨瑚被告は涙を浮かべていたと複数の報道機関が伝えています。

事件報道だけを見ていると、「最初からそういう人物だったのでは」と思いがちですが、母親の言葉からは、少なくとも幼いころはごく普通の明るい子どもだったことがうかがえます。

高校卒業後に変化していった交友関係

明るく活発だった少女が、なぜこうした事件を起こすに至ったのか。

母親は、高校卒業後の変化についてこう語りました。

  • 土木関係・飲食店でのアルバイトを経験したあと、母親と同じ会社で美容スタッフとして勤務
  • 慣れない仕事だったが「頑張っていた」
  • 一方で、高校卒業後から「把握できないくらいの友人関係が広がった」
  • その中で暴力団関係者ともつながりが生まれた
  • 20歳ごろには金銭トラブルが発生し、両親が返金。「二度と関わらないように」と約束させた


仕事は頑張っていた、でも親では把握しきれない人間関係の広がりの中で、少しずつ歯止めが効かない状況になっていったこと——そういう経緯が、母親の証言から少しずつ見えてきます。

「なぜ事件が起きたのか」母親なりの答え

弁護人から「なぜ事件が起きたと思うか」と問われ、母親はこう答えました。

「後先を考えずに、自分の欲求のために周りを振り回して間違った行動を取ったと思います。

成人していましたけど、大人になり切れず、人として未熟で、正しい判断ができなかったと思います」

「娘はまだ子どもだったから」とかばうのではなく、「成人していたが未熟だった」とはっきり言葉にした母親。

自分の娘への批判を口にする苦しさの中で、それでも正直に語った言葉として受け取れます。

拘置所で書いた「15冊のノート」

母親の証言の中で特に印象的だったのが、内田被告が拘置所で書き続けた15冊のノートについての話です。

拘置所のルール上、面会中に事件そのものの話はできません。

それでも、ほぼ毎日面会に通い続けた母親に、内田被告は自分の思いをノートに綴って伝え続けていたといいます。

そのノートにはこんな言葉が書かれていたと、母親は証言しました。

「Aさん(被害者)に対しては、とても怖い思いをさせたり、痛い思いをさせたり、苦しい思いをさせたり、裸にさせて暴力をふるったりしたと書いていた」

「Aさんは何回も謝ってくれたのに、梨瑚は一度もAさんに謝れていない」

「今、私が毎日面会で会えていますけど、Aさんは大切な家族と会うことができない。すべて梨瑚が奪った、と書いていました」


事件そのものを語ることができない場所で、それでも言葉を書き続けていたこと。

そのノートの中身が示すのは、被害者への加害行為の重さへの気づきと、謝れないまま来てしまった後悔でした。

弁護側が「情状」の一環としてこの内容を提出したことには、当然「減刑を狙っている」という見方もあります。

真実・真意は本人にしか分かりません。

母親が法廷で読み上げたこれらの言葉は、聞いた人それぞれの心に何かを残したはずです。

「娘の証言を信じています」——揺れる母親の立場

一方で、母親は裁判の最大の争点である「橋での状況」については、はっきりと娘の側に立ちました。

共犯の小西優花受刑者は「梨瑚さんが両手で押した」と証言しています。しかし内田梨瑚被告は「押していない。立ち去った後に悲鳴と音が聞こえた」と否認し続けています。

この点について、母親はこう証言しました。

「梨瑚の証言を信じています」

さらに、

「面会のときに『嘘をついていないか、女子高校生やご遺族に誓って嘘をついていないと言えるか』と2回確認した」

「娘は『嘘は絶対についていない』と答えた」

被害者と遺族への謝罪を口にしながら、同時に「娘の言葉を信じる」と言い切る——

この二つは矛盾しているように見えて、「加害者の親」という立場ではどちらも切り捨てられない感情なのかもしれません。

2026年6月4日、被告本人も法廷で涙の謝罪

3日の母親の証言を受けた翌4日、今度は内田梨瑚被告本人への被告人質問が行われました。

内田被告は弁護側の質問に涙を流しながら、こう述べたと報じられています。

「被害者を傷つけ苦しませ、これからの人生を奪ってしまい申し訳ございません」
「当時の言動を本当に反省しています」

3日には被害者の母親が「娘を生きて返して。犯人には極刑を望みます」と調書で語り、同じく3日には加害者の母親が証言台に立ち、4日には被告本人が涙の謝罪を述べた——

この3日間の流れは、裁判員にとっても非常に重い判断材料になりそうです。


まとめ

内田梨瑚被告の母親は、6月3日の証人尋問でこう語りました。

  • 「陽気で元気な子だった」と幼少期の娘の姿を振り返り
  • 「成人していたが、未熟で正しい判断ができなかった」と事件を受け止め
  • 拘置所で書かれた15冊のノートから、被害者への後悔を紹介し
  • 「将来と夢を奪ってしまい、本当に申し訳ない」と遺族に頭を下げ
  • 「娘の証言を信じています」と言い切った

被害者の母親の「極刑を望みます」という言葉と、加害者の母親の「申し訳ない、でも娘を信じる」という言葉が、同じ法廷の中で交差した今週の公判。

どちらの言葉も、失われたものの大きさと、残された人間の痛みを映し出しています。

判決は2026年6月22日に言い渡される予定です。

免責事項・注意書き

  • 本記事は、各報道機関が確認した法廷証言・ニュース記事のみを根拠に作成しています(2026年6月4日時点)。
  • 内田梨瑚被告は現在裁判中であり、有罪・量刑は確定していません。
  • 被害者・村山月さんおよびご遺族の方々に、心よりお悔やみを申し上げます。

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