関西テレビ界の重鎮として、政治・社会問題の独自解説で注目を集める読売テレビ報道局特別解説委員・高岡達之(たかおか たつゆき)氏。
「タカオカ目線」として親しまれる彼の鋭い視点と毒舌ぶりで、視聴者からは賛否両論を呼ぶ存在となっています。
本記事では、
高岡達之(たかおかたつゆき)の経歴・学歴・wikiプロフィールまとめ
と題しまして、記者から解説委員へと駆け上がった高岡達之氏の詳細な経歴と学歴、そして人物像について詳しく解説します。
高岡達之さんの基本プロフィール出身・生年月日・年齢
高岡達之(たかおか たつゆき)氏は、1963年12月7日に大阪府大阪市で生まれ。血液型はB型で、年齢は現在61歳。
関西の情報番組によく出演していて、読売テレビ報道局特別解説委員として活躍する人物です。
関西弁での歯に衣着せぬ物言いや、「タカオカ目線」と呼ばれる独自の解説スタイルで、政治・経済・社会問題に鋭く切り込み、時には視聴者からの賛否・物議を醸すコメントでも話題となっています。
高岡達之さんの学歴詳細
高等学校時代
高岡達之氏の出身高校は兵庫県立加古川西高等学校です。
同校は1912年に開校した兵庫県加古川市にある公立高等学校で、「加古西(かこにし)」「西高(にしこう)」の愛称で親しまれています。
文武両道をモットーとする進学校として知られており、高岡氏の知的な解説力の土台はここで培われたと考えられます。
大学時代と入学の経緯
高岡氏は関西学院大学法学部政治学科を1988年に卒業。
興味深いことに、1963年12月生まれの高岡氏が1988年に卒業していることから、2浪して大学に入学したと推測されます。
これは現在の関西学院大学法学部の偏差値66~70という難易度を考えると、相当な努力を重ねた結果と言えるでしょう。
高岡達之さんの詳細な経歴
テレビ局入社の動機
高岡氏がテレビ局を志望した理由は非常に率直で、「年収1000万円が欲しい、早くお金をもらえるようになりたい」というものでした。
面接でも「テレビ局は楽しくて、はよ金もうかるから」と正直に答え、「一刻も早く年収1000万円になりたい」と宣言したそうです。
このバリバリ働く姿勢が評価され、最初は営業部に配属されました。
キャリアの変遷と昇進過程
1988年:読売テレビ放送入社
営業部に配属され、約1年間社会の基本を学ぶ。
1990年:報道局 大阪府警記者クラブ
営業部の部長が報道に異動したことをきっかけに、自ら頼んで報道部門に移る。配属初日に「もう会社に来んでいい」と言われながらも、翌日から大阪府警回りの担当となり、いきなり西成暴動の現場に投入されました。
1992年:カンボジア・プノンペン支局
26歳という若さでカンボジアに特派員として派遣される。日本の自衛隊が初めてPKOの一環として海外派遣された際には、1ヶ月で100本という驚異的な数の中継を担当。言葉が通じない環境でスケッチブックに絵を描いて取材するという、今では考えられない手法で現地取材を敢行。
1993年~:フィリピン・マニラ支局長
カンボジアでの経験を活かし、フィリピンでも支局長として活動。
1996年~:神戸支局長
阪神・淡路大震災後の神戸で支局長を務め、復興の現場を間近で見続ける。
1998年~:大阪府警キャップ
大阪府警の記者クラブキャップとして、数々の重大事件を担当。
2000年~:東京報道部(国会・政治担当)
国会や政治の現場を取材し、政治に関する深い知見を培う。
2002年~:報道局 取材総括デスク
現場記者から管理職へと昇進し、取材の統括業務を担当。
2009年~:編成局制作センターチーフプロデューサー
「ミヤネ屋」をはじめとする番組のプロデューサーとして制作現場を統括。
2010年~:報道局チーフプロデューサー
報道番組の制作責任者として活動。
2011年~:報道局解説委員
東日本大震災を機に現場取材から解説業務にシフト。
2019年~:報道局解説副委員長
解説委員としての経験を積み、副委員長に昇進。
2020年7月~:報道局解説委員長
解説委員長として番組の解説コーナーを統括。
2023年7月~:報道局特別解説委員
現在の職位で、より専門性の高い解説を担当している。
主な取材経験と実績
高岡氏は30年以上のキャリアの中で、数々の重大事件・災害の現場を取材してきました。
国内での主要取材経験
- 西成暴動(1990年)
- 雲仙普賢岳火砕流
- 信楽列車事故
- 一連のオウム真理教事件
- 神戸小学生連続殺傷事件(酒鬼薔薇事件)
- 和歌山毒入りカレー事件
- 日本初の脳死移植
- 明石歩道橋事故
- 尼崎JR事故
海外取材経験
フィリピン、タイ、インドネシア、マレーシア、ブルネイ、シンガポール、カンボジア、ニュージーランド、バヌアツ、パラオ、グアム、中国、台湾、韓国、北朝鮮など約40カ国での取材経験があります。
米軍関連取材
- 2001年:対テロ戦争アフガニスタン攻撃
- 2005年:インドネシア大津波人道支援(海兵隊)
- 2011年:東日本大震災関連・米国陸海空軍および海兵隊取材
プロデューサーとしての制作実績
高岡氏は解説委員になる前、優秀なプロデューサーとしても活動していました。
主な制作番組
- 阪神大震災特番「ふるさと」(1996年~3年間)
- 酒鬼薔薇事件特番「いのち」(1998年)
- 児童虐待特番「まなざし」(2004年)
- 阪神大震災10年特番「決断」(2005年)
- 戦後60年特番「この国のいくさ”命どぅ宝」(2005年)
- JR福知山線事故1年報道特別番組「今日も明日もこれからも」
- 「インサイド・ザ・フェンス」在日米軍・沖縄海兵隊の日常(2007年)
高岡達之さんの現在の出演番組と活動
レギュラー出演中のテレビ番組
現在出演中の番組
- かんさい情報ネットten.(ニュース解説、主に月曜日・火曜日担当)
- 朝生ワイド す・またん!(辛坊治郎・野村明大のピンチヒッター、2024年4月以降は隔週金曜日)
- ZIP!(関西ローカルパート・辛坊・野村のピンチヒッター、隔週金曜日)
- そこまで言って委員会NP
- あさパラ!→あさパラS(不定期出演)
- 情報ライブ ミヤネ屋(月曜日にコメンテーターとして出演)
教育活動
2018年4月より関西学院大学法学部にて講師を務めており、後進の育成にも力を注いでいます。
講演活動
安全保障・政治・教育・行政論・企業倫理・マスコミ倫理・アジア外交・国際政治・国内外経済などをテーマに、全国各地で講演活動も積極的に行っています。
高岡達之さんの「タカオカ目線」の確立と評価
解説スタイルの特徴
高岡氏の代名詞となっている「タカオカ目線」は、政治や外交、社会問題について独自の視点で解説するコーナーです。
手書きのフリップにこだわり、「手書きがないと怒ってるのか、伝えたいのか、知っておいてもらいたいのか、こっちの気持ちが乗らない」という信念を持っています。
報道に対する哲学
高岡氏は「報道はライブ」という考えを持ち、短い文章で的確にレポートすることの重要性を説いています。
久米宏氏や渡辺宜嗣アナウンサーから学んだ手法を取り入れ、自分を主語にして語る独自のスタイルを確立しました。
高岡達之さんの話題性
「嫌いなコメンテーター」ランキング1位
2022年に大手広告代理店が実施した調査で、高岡氏は「嫌いなコメンテーター」ランキング第1位に選ばれています。
「とにかく慇懃無礼」「腕組みをして話したり、顎を突き出す話し方が感じ悪い」といった振る舞いに対する批判が多く寄せられました。
家族への影響
このランキング結果について、家族からは「あんたのおかげで外にも出られへん」と言われ、年末まで後を引いたと明かしています。
その結果、ゴミ出しから庭の草刈りまで、すべての外勤業務を担当することになったというエピソードもあります。
高圧的な態度への批判
2025年2月の「今田耕司のネタバレMTG」では、林マオアナウンサーに対する高圧的な態度が問題視され、杉村太蔵氏から「どうでもいいですけど、そこまで高圧的にならない方が。もうちょっとトーンを下げた方が」と制止される場面もありました。
高岡氏が『偉そう』『高圧的』と言われることについては、以下の記事に詳しくまとめています。

高岡達之さんの私生活と人物像
家族構成
高岡氏は結婚しており、妻との間には子供がいるとされています。番組内で家庭のエピソードを話すことがあり、恐妻家的な一面も垣間見えます。
詳しくは以下の記事にまとめていますので、よろしければあわせてお読みください。

性格と趣味
本人は自分のことを「小心者」と評しており、世界中どこにでも耳かき2本を予備も含めて持参するほど準備を大切にする性格です。また、新垣結衣さんのファンであることでも知られています。
仕事への取り組み方
「何事にも準備、備えを大切にする」という姿勢で、カバンには米軍のプロパイロット用のサングラス、ワクチン接種証明書など、いつでも世界中に取材に行けるような装備を携帯しています。
まとめ:高岡達之の経歴・学歴・wikiプロフィール
高岡達之氏は、兵庫県立加古川西高等学校から関西学院大学法学部政治学科を卒業し、1988年に読売テレビに入社した後、営業から報道の世界に転身した異色の経歴を持つジャーナリストです。
カンボジアやフィリピンでの特派員経験、数々の重大事件の現場取材を通じて培った豊富な経験と知識を基に、現在は「タカオカ目線」として独自の解説で視聴者に訴えかけています。
常に賛否両論を呼ぶ存在ではありますが、その分析力と洞察力は多くの専門家からも評価されており、関西テレビジャーナリズム界の重要な存在として今後も注目され続けることでしょう。
記者からプロデューサー、そして解説委員へと駆け上がった高岡達之氏の経歴は、現代メディア業界におけるキャリア形成の一つのモデルケースと言えるかもしれません。
高岡達之さんの関連記事
◆【解説委員】高岡達之の妻・娘・息子について+家族構成も解説!
◆『高岡達之が偉そう』との評判!高圧的・嫌いと言われている理由とは?
