高市早苗の学歴(大学・高校・中学校・小学校)各時代のエピソードまとめ

高市早苗の学歴(大学・高校・中学校・小学校)各時代のエピソードまとめ

2025年10月4日、自民党史上初の女性総裁に選出された高市早苗(たかいちさなえ)氏。

今後も政界での重要な地位を担うことが確定している高市氏の学歴や教育的背景に注目が集まっています。

奈良県出身の高市氏は、どのような教育環境で育ち、現在の政治家としての基盤を築いてきたのでしょうか。

幼稚園小学校中学校高校大学まで、その詳細な学歴と学生時代のエピソードをまとめてご紹介します。

目次

高市早苗の幼稚園時代:カトリック教育の原点

高市早苗氏の教育の出発点は、奈良カトリック幼稚園でした。

この幼稚園はキリスト教の教えに基づく教育方針を掲げており、高市氏の人格形成の土台となったと考えられます。

幼少期は内向的な性格だった高市氏にとって、カトリック教育で培われた精神的基盤は、後の政治活動における強い信念と倫理観の礎となっているでしょう。

高市早苗の小学校時代:転校を機に活発な子どもへ

高市氏の小学校時代は2つの学校で過ごしました。

最初に入学したのは奈良市立あやめ池小学校で、その後小学3年生の時に橿原市立畝傍南小学校に転校しています。

この転校が高市氏にとって重要な転機となりました。

高市氏本人のインタビューによると「小学校3年生で転校したことを契機に、少しだけ活発に振舞えるようになりました」と語っています。

注目すべきは、高市氏の家庭環境です。

父親はトヨタ系列の設備機械メーカーで営業職、母親は奈良県警勤務という共働き家庭で育ちました。

6歳年下の弟の面倒を見る機会が多く「両親が共働きだったため、6歳下の弟の面倒をみるのに追われていましたが、おかげで今でも乳幼児の扱いは上手です」と振り返っています。

高市早苗の中学校時代:進学への意識を強める

高市氏は橿原市立畝傍中学校に進学しました。

中学時代について、高市氏は「高校進学のために中学時代を過ごし」と述べており、この時期から明確な学習目標を持って勉強に取り組んでいたことが分かります。

放送委員長を務め、朝の校内放送でニュース解説や音楽紹介を担当していました。

この経験が、後年のテレビキャスターや国会答弁での話術に活かされたと本人も振り返っています。

また、英語暗唱大会では県大会まで進出する成果を上げていることも見逃せないトピックです。

高市氏は「目指すべき目標が決まった時には、第一志望に賭けること」という信念を持っており、この時期から第一志望校合格への強い意志を固めていたと推察されます。

高市早苗の高校時代:進学校での青春とバイク体験

高市氏は奈良県立畝傍高等学校に進学しました。

同校は偏差値68~69の奈良県トップクラスの進学校で、県内でも6位(公立2位)にランクされる名門校です。

しかし、優秀な成績で入学した高市氏にも青春の悩みがありました。高校1年生の時に大学生の彼氏ができると、

「いつも彼と二人きりでいたくて、授業をさぼり、宿題を怠けて、成績はガタ落ち。職員室で先生に『勉強しろ』と顔をビンタされた」

というエピソードが残っています。

この時期の高市氏は、禁止されていたバイク通学をしており、16歳からバイクに乗り始めました。

愛車はカワサキZ400GPで、「スカートの下にジャージを穿いて跨り、学校の裏手に停めて、金網をよじ登って登校するのが毎朝のスタイルでした」と当時を振り返っています。

それでも、高校3年生の受験シーズンには勉強に集中し、第一志望の大学に見事合格を果たしました。

高市早苗の大学時代:夢と現実の狭間で

高市氏の大学進学には重要なエピソードがあります。

実は早稲田大学と慶應義塾大学の両方に現役合格していた高市氏。

ですが、両親から「女の子のあなたを東京の私学で学ばせる余裕はない。弟の学費に回してほしい」と言われ、国立大学である神戸大学経営学部経営学科への進学を余儀なくされています。

「女の子だから一人暮らしはさせられない」という理由で、奈良の実家から神戸大学まで往復6時間をかけて通学することになりました。

かなり長い通学時間ですが、この経験が高市氏の忍耐力と意志力を鍛えたとも言えるでしょう。

神戸大学では経営数学を専攻し、1984年3月に卒業しています。

注目すべきは、正式な卒業年から逆算すると、どこかで1年間の浪人または留年を経験していることです。

それでも神戸大学という難関国立大学に進学できたことは、高市氏の学力の高さを示しています。

大学時代の課外活動も特徴的で、軽音楽部に所属しヘヴィメタルバンドのドラムを4つ掛け持ちしていました。

特に「アイアン・メイデン」「ブラック・サバス」を好み、プロのバックバンドとしても活動していたという音楽的な才能も発揮していたとのことです。

高市早苗の大学卒業後:政治への第一歩

神戸大学卒業後、高市氏は松下政経塾第5期生として入塾し、政治家としての基礎を築きました。

その後、アメリカ連邦議会でのスタッフ経験やテレビキャスターとしての活動を経て、1993年に衆議院議員として初当選を果たしています。

アメリカでの経験により、高市氏は英語力を大きく向上させたようです。

高市氏の英語力については以下の記事で詳しく解説しています↓↓

まとめ:高市早苗の学歴(大学・高校・中学校・小学校)とエピソード

高市早苗氏の学歴を振り返ると、

奈良カトリック幼稚園から始まり、小学校での転校体験、進学校での青春、そして早慶合格も辞退しての神戸大学進学という波乱に富んだ教育歴が浮かび上がってきました。

特に、経済的理由で第一志望を諦めながらも、往復6時間の通学を続けた大学時代のエピソードは、現在の政治家・高市早苗氏の忍耐力と決断力の源泉を物語っています。

バイクに乗ったりヘヴィメタルのドラマーとしての顔も持つなど、多面的な学生生活を送った高市氏の学歴。

学生時代の様々な経験は、日本初の女性総理大臣となる可能性のある政治家の人格形成において、重要な役割を果たしたと言えるでしょう。

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