カーリング女子日本代表・フォルティウスのスキップとして、2026年ミラノ・コルティナ五輪への出場を決めた吉村紗也香(よしむらさやか)選手。
5度目の挑戦で悲願の五輪切符を掴んだ彼女は、母として、そして”氷上の騎士”として多くのファンを魅了しています。
本記事では、カーリング・吉村紗也香選手の人物像を網羅的に解説していきます。
吉村紗也香のプロフィール(生年月日、年齢、出身地、身長、所属、ポジション)
吉村紗也香選手の基本プロフィールは以下の通りです。
名前:吉村紗也香(よしむら さやか)
生年月日:1992年1月30日
年齢:34歳(2026年2月時点)
出身地:北海道北見市常呂町(旧常呂郡常呂町)
身長:162cm
血液型:O型
ポジション:スキップ(司令塔)
所属:フォルティウス(社会医療法人柏葉会)
利き手:右利き
吉村選手は、日本カーリング界の聖地とも呼ばれる北海道常呂町の出身です。
常呂町は日本で初めてカーリング専用施設ができた地域として知られており、多くのトップ選手を輩出してきました。
現在はスキップとしてチームの司令塔を務め、試合の戦略立案と最終投を担う重要な役割を果たしています。
吉村紗也香のカーリングを始めたきっかけとこれまでの経歴
カーリングとの出会い
吉村選手がカーリングを始めたのは、小学4年生(9歳)の時でした。
体育の授業でカーリングを体験したことがきっかけだったのです。
「同級生がカーリングをしていて興味を持ち、友達を誘って体験しに行った」と本人は語っています。
最初はルールもわからなかったものの、「ストーンを投げるのが難しくて、それが単純に楽しかった」と振り返り、ハウスの中に石を入れる、相手の石を出すといった小さな喜びを重ねていったそうです。
そのような中で「いろいろなスポーツをやっていて『うまくなりたい』と、最も強く思えたのがカーリングだった」と述べています。
この時、同級生たちと結成したチーム「WINS」が、吉村選手のカーリング人生の原点となりました。
中学・高校時代の躍進
常呂中学校に進学した吉村選手は、同じメンバーでチーム「WINS」を継続しました。
中学時代はバスケットボール部にも所属し、スポーツ万能ぶりを発揮していたのです。
さらに、北海道常呂高等学校に進学すると、高校ではバレーボール部のレフトに入りながら、放課後はカーリングに打ち込む日々を送りました。
吉村選手は当時のことを「学校の授業が終わって、部活に参加して、18時くらいに一旦帰宅。母が用意してくれていた食事を急いで食べて、カーリング場に行って、19時からのリーグ戦に出る――そんな毎日でした」と語っています。
高校2年生の2009年には、第4回全国高等学校カーリング選手権で優勝を果たし、高校日本一に輝きました。
同年と翌2010年には日本カーリング選手権にも出場し、2年連続で準優勝という好成績を収めています。
しかし、この準優勝は吉村選手にとって悔しい経験でもありました。ジュニア時代の吉村選手は「シルバーコレクター」と呼ばれ、ここ一番に弱いと評されることもありました。
それが彼女の負けず嫌いな性格をさらに磨き上げることとなったのです。
大学時代の快進撃
常呂高校時代のメンバー数人が札幌国際大学への進学を決めたことを知った吉村選手も、同大学に進学を決意します。大学からは「カーリング部を創設します」という話をいただき、観光学部観光ビジネス学科に入学しました。大学時代の吉村選手の活躍は目覚ましく、日本ジュニアカーリング選手権で3連覇(2010~2012年)を達成。さらにパシフィック・アジアジュニアカーリング選手権でも3連覇(2011~2013年)を成し遂げたのです。
そして2013年、世界ジュニアカーリング選手権で銅メダルを獲得しました。これは当時、日本のカーリング界において画期的な成果であり、吉村選手の冷静な判断力と高い技術力が世界レベルで通用することを証明したのです。
大学時代も「基本的には同じ生活。トレーニングが終わったら、家に帰って休みたい。そう思っていた」という真面目な日々を送り、「真面目と言われることもありましたが、それが普通のことだと思っていました」と語っています。
北海道銀行フォルティウスへの加入と成長
2014年4月、大学卒業と同時に北海道銀行に入社し、カーリングチーム「北海道銀行フォルティウス」に加入しました。
吉村選手は広報部に配属され、業務を行いながらサードのポジションでカーリングを続けたのです。
北海道銀行を選んだ理由について、「小笠原さんと船山(弓枝)さんはたくさん経験をして今があります。ゲームの中でも豊富に作戦を持っていますし、入ればいろいろなことが勉強できる、吸収できるんじゃないかなって思いました」と述べています。
2015年、日本カーリング選手権で初優勝を果たし、世界女子カーリング選手権では6位という成績を残しました。
地元での初舞台ということもあり、スウェーデンやスコットランドなどソチ五輪のメダリスト相手に勝利するなど、吉村選手のサードとしての実力が光ったのです。
2018-2019シーズンからはスキップに就任。2019年にはグランドスラム・マスターズで準優勝を果たし、日本勢初の決勝進出という快挙を達成しました。
そして2021年、日本カーリング選手権で優勝しMVP賞を受賞。この年、見事に日本のトップチームとしての地位を確立したのです。
困難を乗り越えて
2021年12月、北海道銀行とのスポンサー契約が終了しました。
チームは「フォルティウス」として活動を継続することとなり、2022年5月には社会医療法人柏葉会と雇用契約を締結したのです。
スポンサーゼロからの再出発という困難な時期を経験しましたが、吉村選手とチームメンバーは「なんとかなるっしょ!」という前向きな姿勢で乗り越えました。
母として、そして五輪代表へ
2020年5月に結婚(公表は2021年2月)。2023年12月14日には第1子となる長男を出産しました。
「赤ちゃんの顔を見た時、元気な産声を聞いた時、今まで味わった事のない感動と喜び、ホッとした気持ちになりました」とコメント。
さらに「これから子育てと両立させていきながらカーリングへの復帰に向けて少しずつ頑張っていけたらと思います!」と先を見据えています。
産後約2ヶ月で氷上練習を再開し、2024年夏の稚内みどりチャレンジカップで実戦復帰を果たすと、ブランクを感じさせないショットメイクで大会MVPを獲得しました。
2025年2月には日本カーリング選手権で優勝し、そして2025年12月、世界最終予選のプレーオフでノルウェーに勝利し、悲願のミラノ五輪出場を決めたのです。
高校生から数えて5度目の五輪挑戦での夢実現でした。
吉村紗也香の学歴(中学・高校・大学)
吉村紗也香選手の学歴は以下の通りです。
常呂町で生まれ育った吉村選手は、地元の小中学校を経て、カーリングの名門として知られる常呂高校に進学しました。
常呂高校は多くのトップカーリング選手を輩出しており、吉村選手もここで本格的な競技活動を開始しています。
その後、チームメイトとともに札幌国際大学に進学し、ジュニア日本代表のスキップとして世界的な実績を積み上げました。
2026年1月29日には母校の札幌国際大学で壮行会が開催され、約350人の在校生・教職員から激励を受けています。
詳しい学歴については、別記事「吉村紗也香の学歴まとめ(中学・高校・大学)」をご覧ください↓↓↓

吉村紗也香:主なカーリング戦績・実績
吉村紗也香選手の主な戦績は以下の通りです。
ジュニア時代
- 2009年:全国高等学校カーリング選手権 優勝
- 2009年・2010年:日本カーリング選手権 準優勝
- 2010~2012年:日本ジュニアカーリング選手権 3連覇
- 2011~2013年:パシフィック・アジアジュニアカーリング選手権 3連覇
- 2013年:世界ジュニアカーリング選手権 銅メダル
シニア時代
- 2015年:日本カーリング選手権 優勝、世界女子カーリング選手権 6位
- 2019年:グランドスラム・マスターズ 準優勝(日本勢初の決勝進出)
- 2021年:日本カーリング選手権 優勝、MVP受賞
- 2024年:稚内みどりチャレンジカップ MVP(復帰戦)
- 2025年:日本カーリング選手権 優勝
- 2025年12月:世界最終予選でミラノ五輪出場権獲得
戦績の詳細については、別記事👉「吉村紗也香の主な戦績・実績まとめ」をご覧ください。
吉村紗也香がかわいい・美しいと言われる理由
吉村紗也香選手が「かわいい」「美しい」と話題になる理由は、単なる外見の美しさだけではありません。
氷上での凛々しい姿と、試合後の柔らかな笑顔のギャップが多くのファンを魅了しているのです。
特に2025年9月の代表決定戦での活躍は、単なるカーリング選手としてではなく、スポーツアイコンとしての存在感も示しました。
しかし、その魅力の本質は、勝負の厳しさを乗り越えた後に見せる柔らかな笑顔にあり、クールさと温かさを兼ね備えた人間らしい輝きが、多くの人々の心を揺さぶっているのです。
吉村紗也香さんの「かわいさ」や「美しさ」ついて詳しくは、別記事👉「吉村紗也香が「かわいい」「かっこいい」「美しい・美女」と話題!世間の反応まとめ」をご覧ください。
吉村紗也香の性格・人柄エピソード
吉村紗也香選手の人格形成に大きな影響を与えた出来事は数多くあります。
その中でも、粘り強さ、冷静さ、そして母として成長した姿が特に注目されています。
ジュニア時代は「シルバーコレクター」と呼ばれるほど、肝心な場面で決めきれないことが多かったという吉村選手。しかし、この「苦しい時代」こそが、現在の吉村選手の強さを作り上げたのです。
吉村選手の最大の特徴は、負けず嫌いで粘り強い性格にあります。
チームメイトの小野寺佳歩選手も「吉村自身がすごく粘り強くて負けず嫌いで、なんかそれがチームを引っ張ってってくれるというか、チームに波及して、粘り強く戦えるチームになってます」と評しています。
恩師からは「大事な大会での、いざというときの集中力に関しては群を抜いたものがありましたね。」と評されており、大事な局面での冷静さは当時から変わっていないとのことです。
以前は言葉数が多いタイプではなかったものの、「今のほうが、かなり社交的にはなってきている。メディアへの対応など色々と慣れてきた」とも恩師は評しています。
好きなものはお笑い番組とお寿司で、インターネットで過去の「M-1グランプリ」のネタを見るのが趣味なのだそうです。
吉村紗也香さんの「かわいさ」や性格・人柄については、別記事「吉村紗也香がかわいいと話題!笑顔や性格・私服エピソードまとめ」をご覧ください。※現在準備中
吉村紗也香の家族構成(両親・兄弟など)
結婚相手(夫)
吉村紗也香選手は2020年5月に結婚しています(公表は2021年2月)。
お相手は札幌市在住の一般男性で、札幌国際大学時代からの知り合いであるとのことです。約6~7年の交際期間を経てゴールインしたというエピソードからは、二人の誠実な関係性が伺えます。
夫の名前・年齢・職業などの詳細は公表されていません。
吉村紗也香さんの夫(旦那さん)ついて詳しくは、別記事👉『【カーリング】吉村紗也香は結婚している!夫(旦那さん)はどんな人か紹介』をご覧ください。
子供
2023年12月14日に第1子となる長男を出産しました。3504グラムの元気な男の子で、現在2歳になっています。
大事な大会の前には夫の両親に預けて体調管理に努めているといいます。
吉村選手にとって、子どもの存在は競技を続ける大きなモチベーションとなっているとのことです。
実家の家族(両親・兄弟)
実家の家族に関する詳細な情報は公表されていません。ただし、高校時代まではご両親に支えられており、地元常呂町での活動を応援してもらっていたことが伺えます。夢の五輪出場を決めた際には、ご両親もすごく喜んでいるのではないかと推測されています。
吉村紗也香に関する今後の注目ポイント
ミラノ冬季五輪での金メダル獲得なるか
2026年2月6日に開幕するミラノ・コルティナ五輪において、吉村選手は2月12日にスウェーデンとの初戦を迎えます。
日本女子カーリングは8大会連続出場を果たしており、その伝統を受け継ぎながら、世界一を目指します。
壮行会では「五輪の舞台では、自分たちがこれまで積み上げてきたものを全部出し切って、楽しい五輪にしたい」と決意を述べています。
母として競技を続ける姿
女子アスリートとして、出産を経て競技を続ける吉村選手は、多くの人々に勇気を与える存在です。
札幌国際大学の蔵満学長も「結婚、出産を経て競技を続けてきた吉村選手は、女子アスリートの鑑となるでしょう」と激励しています。
育児と競技の両立、そして世界の舞台で結果を出す姿は、スポーツ界全体にとっても象徴的なストーリーなのです。
ロコソラーレとのライバル関係
吉村選手と同郷・同学年のライバルである藤澤五月選手率いるロコ・ソラーレとの関係も注目されています。
2025年9月の代表決定戦でロコ・ソラーレを破った後、吉村選手は「ロコ・ソラーレさんのぶんまで戦いたいと思っています」と長年のライバルへの想いを口にしました。
常呂町という同じ環境で育ち、切磋琢磨してきた選手たちの物語は、これからも続いていきそうです。
まとめ:吉村紗也香はどんな人?経歴・プロフィールまとめ
吉村紗也香選手は、北海道常呂町という日本カーリング界の聖地で育ちました。
小学4年生から一貫してカーリングに打ち込んできた、真の”カーリング人”です。
様々な困難を乗り越えて掴んだ五輪出場――その歩みは決して平坦ではありませんでした。
“氷上の騎士”と称される美しさ、負けず嫌いで粘り強い性格、そして母として競技を続ける強い意志。
多くの魅力を持つ吉村選手は、カーリングファンだけでなく、すべてのスポーツファンにとって応援したくなる存在なのです。
