Mrs. GREEN APPLE(ミセス・グリーン・アップル)の大森元貴さんは、学生時代に不登校を経験していました。
現在はテレビやラジオなどのメディアで、その時期のエピソードを語っており、多くのファンから注目を集めています。
本記事では、大森元貴さんが不登校だったいつの時期なのか、そしてなぜ学校に行かなくなったのか、学生時代の詳しいエピソードについて詳しく解説します。
大森さんの不登校経験や、音楽への向き合い方や家族のサポートについて知ることで、人生のヒントが見つかるかもしれません。
ミセス・大森元貴の不登校は学生時代のいつ?
大森元貴さんの不登校の時期は、小学高学年から中学生時代の時期だったとされています。
小学6年生の頃からオリジナル曲の制作を始めた大森さんは、中学進学後も音楽への情熱は冷めることなく、むしろ高まっていきました。
2024年12月の日本テレビ【しゃべくり007】出演時に、大森さん本人が、
「小学生の時にこれで行くんだと音楽への道を決めたので、曲を作るのが楽しくて。呪われたように毎日曲を作っていた。不登校の自覚はないんですけど、ちょっと学校から足が遠のいた」
と語っており、その当時の状況が詳しく明かされています。
さらに2025年2月のラジオ出演では、
「今だから言えるけど…」と前置きして、「中学時代、明け方まで曲作りに没頭して学校に行く発想にならなかったが、今だから言えるのは学校に行く発想になれ!と思っている」
と述べています。
大森元貴が不登校になった理由
大森元貴さんが不登校になった理由は、音楽制作への異常なまでの没頭にあります。
音楽制作への熱意が学校生活を優先するという判断をさせたのです。
人間関係が原因であったり、怠けなどではなく、将来への明確なビジョンを持った上での選択だったと言えるでしょう。
実際に、小学卒業式ではバンドを結成し、大森さん自ら作詞作曲したオリジナル曲も披露しており、その成功体験が「もうこれで行くんだ!」と音楽の道を決める契機となったのです。
大森元貴の学生時代:不登校エピソード「恐怖のピンポン」
大森元貴さんの不登校時代において、最も有名なエピソードが、同級生で現在もMrs. GREEN APPLEのギタリストとして活躍する若井滉斗さんによる「恐怖のピンポン」です。
中学時代にギターを始めたばかりの若井さんは、音楽活動で有名だった大森元貴と音楽について話したいという一心から、毎日のように大森さんの家を訪れてチャイムを鳴らしていたとのこと。
若井さんは、しゃべくり007のインタビューで「通学路は全然逆なんですけど、毎朝、元貴の家に行ってピンポンして『今日来る?』って聞いていた」と回想しています。
一方、大森元貴さんは「行かなーい」と毎回断っていたそうです。
若井滉斗さんは、毎日拒否されていたにもかかわらず、音楽への情熱と大森さんへの信頼から、声をかけ続けていたとのこと。
今思えば、この若井さんの諦めない姿勢と大森さんの才能への信頼が、後の音楽におけるパートナーシップへの道を開いたのです。
卒業アルバルムへの登場と修学旅行での転機
不登校気味だった大森元貴さんでしたが、ある思いから学校への登校方針を変えています。
その転機となったのが、卒業アルバムに写ることへのこだわりでした。
大森さん本人が「卒アルに写らないのは嫌だから行事ごとだけ(登校した)」と語っており、完全な不登校ではなく、修学旅行などの学校行事には参加していたことが分かります。
修学旅行の際に、若井滉斗さんと意気投合し、その後、登校を再開するようになったとされています。
修学旅行後、若井さんは積極的に大森さんに「この前の曲聞いたよ」と嬉しそうに話しかけるようになり、大森さんも次第に学校に足を運ぶようになったそうです。
大森元貴が不登校だった時代の家族のサポート
不登校を経験した大森元貴さんを支えたのが、家族の深い理解でした。
母親は、大森さんが学校に行かずに曲作りに没頭していることに対して、心配しながらも理解を示し、応援してくれたと述べられています。
一方、年の離れた兄は、厳しい態度で接していました。兄は「なんで学校に行かないんだ?行きなさい!」と叱責し、殴られることもあったそうです。
しかし、そのような厳しい指導を受けても、その日は登校するものの、その後も心の中では葛藤していたとのことです。
このように、家族が大森元貴さんの将来を想い、支えていたことが、後の成功につながる重要な要因となったと考えられます。
家族のサポートなくして、現在の Mrs. GREEN APPLE の成功はあり得なかったと言えるでしょう。
不登校から通信制高校へ:音楽活動の本格化
中学卒業後、大森元貴さんは通信制高校に進学することを決めます。
この選択は、音楽活動と学生生活を両立させるための戦略的な決断でした。
本人が
「僕はあえて通信制を選んで、高校生のあいだにしっかりデビューというかたちにしようとしていたんです」
と述べているように、大森さんは明確なビジョンを持って通信制高校を選んだのです。
また、
「音楽がやりたい、そのために時間がほしくて普通高校ではなく通信の学校を選んだから青春を謳歌したわけでもなく、一般の高校生とは全然違った生活をしていた」
と語っており、一般的な高校生活とは異なる、非常に集中的な音楽制作の日々を過ごしていたことが伝わります。
高校2年生の頃には、現在のMrs. GREEN APPLEを結成し、高校卒業の翌日にはメジャーデビューを発表するまでに至っているのです。
この時期の集中的な音楽制作が、後の「インフェルノ」などのヒット曲につながるストックとなった重要な時期だったのです。
大森元貴の不登校経験が示すもの
大森さんの不登校は、単なる学校からの逃避ではなく、将来への投資だったということが重要です。
現在、彼はMrs. GREEN APPLEのボーカルとしてだけでなく、映画での俳優活動など、多方面で活躍しており、その基礎となったのが学生時代の集中的な音楽制作でした。
一方、ラジオ番組では不登校を経験している生徒からのメッセージに対して「僕もやっぱり不登校経験あるんで、1回休んじゃうとさあ、段々行きたくなくなる」と共感しながら、同時にエールを送っています。
まとめ:ミセス・大森元貴が不登校だった時期はいつ?学生時代エピソード
大森元貴さんの不登校は、小学高学年から中学にかけての時期。その理由は、音楽制作への熱中でした。
若井滉斗さんとのエピソードや、卒業アルバムへのこだわり、修学旅行での転機など、学生時代には多くのドラマがありました。
家族のサポートと明確なビジョンに支えられた大森さんは、中学での不登校を経て、通信制高校でMrs. GREEN APPLEを結成し、高校卒業の翌日にメジャーデビューを発表するまでに至ったのです。
大森元貴さんの学生時代は、今を生きる若者たちにとって、多くのヒントと勇気を与えるものとなっており、彼のストーリーはこれからも多くの人々に影響を与え続けるでしょう。
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