箱根駅伝の往路5区。標高874mの険しい山道を一気に駆け上がるこの区間は、箱根駅伝最大の難所。
この山登り区間で驚異的な活躍をした伝説的なランナーたちが歴代「山の神」として讃えられています。
初代の今井正人(順天堂大学)から始まり、2代目・柏原竜二(東洋大学)、そして3代目・神野大地(青山学院大学)へと受け継がれてきた「山の神」の称号。
2026年の箱根駅伝では、新たに「山の神」の誕生が話題となり、駅伝史に新しい1ページが刻まれました。
本記事では、初代から最新の選手まで、箱根駅伝5区で名を馳せた伝説的ランナーたちをご紹介します。
箱根駅伝「山の神」とは?5区の魅力と特徴を解説
箱根駅伝の往路5区は、東京・大手町から箱根・芦ノ湖を目指す5つの区間の中でも、最も注目されるコースです。
「魔物が住む山」と表現されることもあるこの区間では、距離20.8km、標高差約874mという箱根駅伝最大の難所が待ち受けています。
小田原中継所からスタートした選手たちは、函嶺洞門バイパスを過ぎた後、急勾配の上り坂に直面します。特に大平台のヘアピンカーブは、その厳しさで知られており、凍結による転倒事故が起こったことも話題となってきました。
この険しい山道を走破し、輝かしい成績を収めた選手たちにだけ「山の神」という称号が与えられるのです。5区が注目される理由は、その過酷さだけではありません。
この区間では順位変動が起きやすく、予測不能な展開が生まれることが箱根駅伝の見どころとなっている要因です。
前半の4区までで劣勢にあったチームも、5区での大逆転で往路優勝を手中にすることもあります。つまり、5区を走るランナーは単なる選手ではなく、チームの全ての思いを背負った「往路最後の砦」なのです。
初代「山の神」今井正人(順天堂大学)-11人抜きの伝説
箱根駅伝の歴史において、最初に「山の神」と称された選手が今井正人です。
順天堂大学に所属する今井は、2005年から2007年にかけて、3年連続で5区を担当し、その走りで駅伝ファンを魅了しました。
第81回大会(2005年)での今井のパフォーマンスは、まさに伝説そのものです。この大会で今井は1時間9分12秒の区間新記録を樹立し、同時に11人抜きという箱根駅伝史上最多の人数を抜き去りました。
この記録は現在でも破られていない金字塔です。想像してみてください。15位でスタートした選手が、5区を走り終わった時点で4位にまで浮上するという、信じられないような逆転劇です。
その後、第82回大会(2006年)では1時間18分30秒で区間新記録、第83回大会(2007年)では1時間18分5秒で再び区間新記録を樹立し、3年連続で区間賞を獲得しました。この安定性と圧倒的な走力により、今井正人は「初代山の神」としての地位を確立したのです。彼の走りは、その後の箱根駅伝の山登り区間において、新たな評価基準を生み出しました。
2代目「山の神」柏原竜二(東洋大学)-4年連続の絶対的支配
初代「山の神」の称号から数年後、新たな伝説が誕生しました。それが東洋大学の柏原竜二です。福島県いわき市出身の柏原は、2009年から2012年にかけて、4年連続で5区を走破しました。
柏原の最初の登場となった第85回大会(2009年)では、1時間17分18秒の区間新記録で優勝しました。この記録は、初代山の神・今井正人の記録を1分近く更新する快挙でした。
実況中継では「山の神を越える山の神童がここに誕生!」と表現され、2代目「山の神」として正式に認識されることになったのです。
その後の柏原の走りは、まさに圧倒的でした。第86回大会では1時間17分8秒で3度目の区間新記録、第87回大会では1時間17分53秒で区間賞、第88回大会では1時間16分39秒の区間新記録を樹立しました。
驚くべきことに、柏原は4年連続で5区を走り、毎年往路優勝に貢献したのです。東洋大学はこの時期、柏原の活躍により黄金時代を迎え、複数回の総合優勝を達成しました。
柏原竜二の名は、箱根駅伝史を代表する名前として永遠に刻まれることになったのです。
3代目「山の神」神野大地(青山学院大学)-疲労骨折を乗り越えた快走
2代目「山の神」・柏原竜二の時代の後、新たに3代目の「山の神」として登場したのが、青山学院大学の神野大地です。
愛知県津島市出身の神野は、2014年から2016年にかけて箱根駅伝に出場しました。
興味深いことに、神野が5区を走ったのはわずか2回です。第91回大会(2014年)と第92回大会(2015年)の2年間のみとなります。
1年生時には2区を走り、4年生時には出場がありませんでした。しかし、この限定的な出場回数であっても、神野は「山の神」の称号を手にしたのです。
第91回大会では1時間16分15秒の区間新記録を樹立し、往路優勝を実現させました。この記録は、函嶺洞門バイパスへのコース変更後の新コースでの記録であり、新しい時代における記録となりました。
翌年の第92回大会では、2度の疲労骨折という大きな怪我を乗り越えながら、1時間19分17秒で区間2位の成績を収めました。
万全ではないコンディションでも結果を出す神野の走りは、青山学院大学の連覇を支える重要な原動力となり、多くのファンに感動を与えました。
その鮮烈な走りとメンタルの強さにより、神野大地は3代目「山の神」として認識されることになったのです。
歴代「山の神」の成績比較表
3人の「山の神」がどのような記録を残したのか、比較表でご確認ください:
| 選手名 | 大学 | 活躍時期 | 出場回数 | 区間新記録数 | 最高記録 | 特筆すべき成績 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 今井正人 | 順天堂大学 | 2005-2007年 | 3回 | 3回 | 1時間9分12秒(第81回) | 11人抜き(未破記録) |
| 柏原竜二 | 東洋大学 | 2009-2012年 | 4回 | 4回 | 1時間16分39秒(第88回) | 4年連続往路優勝 |
| 神野大地 | 青山学院大学 | 2014-2015年 | 2回 | 1回 | 1時間16分15秒(第91回) | 疲労骨折からの快走 |
2026年「シン・山の神」黒田朝日(青山学院大学)の誕生
2026年の箱根駅伝は、新たな「山の神」誕生の舞台となりました。
第102回箱根駅伝において、青山学院大学の4年生・黒田朝日が5区に当日変更で起用され、驚異的な走りを見せました。
黒田朝日は、これまでの青山学院大学での駅伝キャリアにおいて、「花の2区」で活躍する選手でした。
第100回大会(2024年)では2区を走り、区間賞と大学記録を更新する1時間6分7秒を樹立。第101回大会(2025年)でも2区を担当し、7人抜きの快走で区間3位を記録していました。
また、2025年2月の大阪マラソンでは、初マラソンながら2時間6分5秒の日本学生最高記録を樹立し、世界レベルのポテンシャルを示していました。
2026年の第102回箱根駅伝では、異例の当日変更で5区(山登り)に投入されました。
4区終了時点で青山学院大は首位の中央大と3分24秒差の5位という劣勢の状況。にもかかわらず、黒田は「とにかく前に行くしかない」という強い決意で、驚異的なハイペースで山に突っ込みました。
19km過ぎで、先頭を走っていた早稲田大学の工藤慎作選手を追い越すと、その後の追走を許しませんでした。
黒田が刻んだ5区のタイムは1時間7分16秒で、前回大会の青学OB・若林宏樹が記録した1時間9分11秒の区間記録を、2分近くも更新する驚異的な区間新記録となりました。
この走りにより、青山学院大学は往路優勝を実現させ、3連覇への道を切り開くことに成功したのです。
ゴール後、芦ノ湖のステージで原晋監督やチームメートに迎えられた黒田は、満面の笑みで「ここは声を大にして言いたいと思います。僕が『シン・山の神』です」と高らかに宣言しました。
これにより、4代目「山の神」が爆誕したのです。
マラソン型の走力を生かしたペース配分、後半での驚異的なスピードアップ、そして「無我夢中」での走破-これらが、黒田朝日が「シン・山の神」と成ったポイントとなりました。
箱根駅伝5区がなぜ人気なのか?-山の神が生まれる理由
なぜ5区は「山の神」を生み出すほど注目されるのでしょうか?その理由は複数あります。
第一に、順位逆転の可能性が極めて高い区間だからです。前半4区までで劣勢であったチームも、5区での活躍で一気に順位を上げることができます。初代山の神・今井の11人抜きがまさにこれを象徴しています。
第二に、個人の力が結果に直結する区間です。平地と異なり、山登りでは駆け引きや他チームとのペース配分が難しくなります。純粋に走力と精神力、そしてその日のコンディションが結果を決めます。
第三に、視聴者にとって分かりやすいドラマがあることです。順位の大きな変動、複数チームの選手が同時に映される登山風景、時間差での追い抜き-これらのシーンは、駅伝の魅力を最も引き出すストーリーとなります。
さらに、5区を走る選手たちは、その後のキャリアにおいても注目され続ける傾向があります。
初代の今井正人はその後実業団での活躍、2代目の柏原竜二は監督業、3代目の神野大地はプロマラソンランナーとして、それぞれが駅伝の外の世界でも大活躍しています。
黒田朝日についても、大学卒業後のマラソンでの活躍が期待されています。
箱根駅伝・歴代「山の神」たちの共通点と個性
歴代の「山の神」たちを見ていると、いくつかの共通点が見えてきます。
第一に、強い精神力と負けず嫌いな性格です。厳しい山を前にしても、決してペースを落とさず、むしろ後半に向けてギアを上げる選手たちばかりです。
第二に、長距離への適性と基礎的な走力の高さです。5区は単なる登坂力ではなく、20km以上の距離を高いレベルで走破する必要があります。そのため、トラック種目でも高いレベルの記録を持つ選手が多いのです。
一方で、個性も異なります。初代の今井は、人離れした人数抜きという圧倒的なパフォーマンスで知られ、2代目の柏原は安定性とコンスタントな強さで支配的な存在でした。
3代目の神野は、限定的な出場ながらも鮮烈な印象を残し、4代目の黒田はマラソン型の走力を生かした後半での逆転劇を演じました。
箱根駅伝5区の歴史と今後の展望
箱根駅伝の5区は、その歴史の中で何度もコース変更を経験しています。初期には約23.4km、現在は20.8kmと、距離も変わってきました。
このため、単純に記録だけで過去の「山の神」たちを比較することは難しい面もあります。
しかし、だからこそ、各時代における5区の記録は、その時代の強さの象徴となるのです。
2005年の今井、2009年の柏原、2014年の神野、そして2026年の黒田-それぞれが自分たちの時代における「最強」を示したのです。
今後の箱根駅伝において、新たな「山の神」が誕生する日も、そう遠くはないでしょう。東京オリンピックの選手育成プログラムや、各大学の強化によって、更に高いレベルの選手たちが5区に挑むことになります。
次の「山の神」はどんな走りで、駅伝ファンたちを魅了するのか-それは、次回以降の箱根駅伝がもたらす新しいドラマとなるはずです。
まとめ
箱根駅伝の往路5区「山登り」で活躍した「山の神」たちの系譜は、駅伝の歴史そのものです。
初代・今井正人の11人抜きから始まり、
2代目・柏原竜二の圧倒的な支配、
3代目・神野大地の鮮烈な走り、
そして2026年に誕生した「新・山の神」黒田朝日へと、時代を彩ってきた伝説的ランナーたち。
彼ら彼女らの走りは、単なる競技結果に留まらず、多くの人々に感動と希望をもたらしてきました。
黒田朝日が記録した1時間7分16秒の区間新記録は、次の「山の神」が誕生するまでの指標となります。
しかし、数字以上に重要なのは、彼らが示した不屈の精神と、最大の困難に立ち向かう勇気です。
5区の山道を走る選手たちの姿は、箱根駅伝を見守る全ての人々に、自分たちの夢や目標に向けて突き進むことの大切さを教えてくれます。
今後の箱根駅伝で、新たな「山の神」が誕生する瞬間を目にする時が来るのか、注目していきたいですね。
